明日は・・・ 〜「ユゴ 大統領有故」〜
公開日 : 2008年02月27日 20時58分
一発の銃声で歴史が大きく動くことがあります。第一次世界大戦も、その発端はオーストリア・ハンガリー帝国皇位継承者夫妻に向けられた銃弾でした(サラエボ事件)。また、戦前、わが国の軍国主義への勢いを加速させたのも、時の首相に向けられた銃弾(515事件)。それらの銃声は多くの人々を悲劇へと導いていくことに。今から28年前の晩秋、韓国で運命の銃声が響きます・・
1979年10月26日、物語の舞台はソウル市内にあるVIP専用のリゾート施設。各地でおきる学生デモなど、不穏な空気が流れる中、KCIA(韓国版CIA)のチョ儀典課長は、今日も宴会に華を添えるための女性調達に追われています。その宴会とは、時の最高権力者、パク大統領とその側近たちのプライベイトな宴会。「国家が大変なときに何をやっているのか・・・」 チョの心の中には忸怩(じくじ)たる思いが。しかし、その日はいつもと違いました。チョ課長の上司であり、宴会の参加者であるKCIAキム部長は、重大の決意を胸に秘めていたのです。
その晩、リゾート施設の宴会場でパク大統領は、二人の美女に囲まれて上機嫌。大統領の指名で女性の一人が歌いはじめます。曲は日本の演歌「北の宿から」。当時、韓国では日本の楽曲は禁制になっていましたが、戦前、日本の士官学校を卒業していた大統領は密かに日本の歌を愛していたのです。その頃、宴会場を抜け出したキム部長は、チョ課長ら部下を集めます。
「世の中は変わるんだ。今日変わる! 私が撃てば、行動開始だ」 キム部長から決意を告げられるチョ課長ら。華やか宴会場が今、まさに銃弾によって血に染まろうとしていました・・・
「昨日は変えられない。でも明日は変えられる」 数年前に行われ選挙広報でこのようなコピーがありました。そう、今の私たちには、意思表示のための尊い投票権があるのです。そう言えば、昨年暮れには韓国の大統領選挙もありました。私たちの明日、それは銃声ではなく、民意によって決められていく、そう信じています。きっと。